大坂鉄夫さんは北方領土の歯舞諸島出身でいつ根室へ?勇留島の現在は?

大坂なおみ選手の母型の祖父大坂鉄夫さんは現在根室市在住であり漁協組合長でもあるのです。

驚きですね!

そして大坂鉄夫さんは北方領土の出身なのです。

北方領土の中でも歯舞諸島勇留島(ゆうりとう)という島の出身です。

勇留島から根室へ来られたのはいつなのでしょうか?

歴史と共に紐解いていきます。

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大坂鉄夫さんはいつ歯舞諸島の勇留島から根室へ?

もちろんご存知だとは思いますが、北方領土は現在ロシアの領土となっています。

戦後ソ連の領土となり、そのまま返還されずロシアが領土を持ち続けているからですね。

 

ソ連が北方領土の歯舞諸島を占領したのは1945年の9月の頭の出来事であり、すでに第二次世界大戦は終結しています。

内閣府によると1946年には北方領土をソ連が自国に編入し、1948年には北方領土に住んでいた全ての日本人が退去させられました

 

大坂鉄夫さんも1948年には歯舞諸島から退去させられたのでしょう。

大坂鉄夫さんは2018年現在73歳なので、1945年前後の生まれです。

そのため物心がつく頃には勇留島にはもういなかったため、その頃の記憶はないかもしれませんね。

 

勇留島の現在は?

独立行政法人 北方領土問題対策協会」の調査では、2015年・2016年と勇留島を含む歯舞諸島には居住者はいないと報告しています。

参考:独立行政法人 北方領土問題対策協会(外部リンク)

 

2018年に現在も居住者はいないでしょう。

 

Googleマップで見た勇留島の衛星写真です。

完全な荒れ地と化しているのか、緑も家もほとんど見当たりません。

木々は伐採されてしまったのでしょうか。

 

昭和20年8月15日には79世帯501人が住んでいたようですが、現在はすっかり面影もなくなってしまっています。

 

まさか大坂なおみ選手から北方領土にまでつながってくるとは思いませんでした。

 

大坂鉄夫さんの故郷『勇留島』はどんな場所だったのか?

勇留島

まずは島の名前がついた由来からお伝え致します。

島の名前の由来は、アイヌ語の「ユウロ(それの鵜がたくさんいる→鵜の島)」あるいは「ウリル(鵜の島)」から。

引用:Wikipedia

崖には鵜(う)が生息していたことから、島の由来は鳥の鵜が強く関係しています。

 

戦前は漁業の根拠地として存在しており、水揚げされた魚介類を缶詰にするための缶詰工場があったようです。

もちろん漁業の根拠地だけとしてではなく、少ないながらも人は住んでいました。

 

今となってはその面影はありません。

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