紺野美沙子と長門裕之の不仲がバッシングの理由?若い時の壮絶人生!

紺野美沙子さんは若い時は清純派女優として活動されていました。今では国連開発計画(UNDP)の親善大使を務めるなど、想像以上に幅広くお仕事をされています。

そんな清純派だった紺野美沙子さんを決定的に変え、バッシングされた出来事とは一体!?

その影には芸能事務所のトップであった長門裕之さんがいるようです。

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紺野美沙子は若い時『清純派女優』だった

紺野美沙子

紺野美沙子さんは1960年9月8日生まれの女優さんです。

20歳になる前から芸能界に入り、有名になった最大のきっかけは1980年に放送されたNHKの朝ドラ『虹を織る』のヒロインを演じたことでしょう。

その後も清純派女優として活動を続けられるわけですが…

 

とある事件によって一気に清純派女優のイメージが崩れ去ることになるのです!

 

紺野美沙子が長門裕之にバッシングされたエピソード

紺野美沙子

紺野美沙子さんの清純派のイメージが崩れ去るきっかけとなったのは、とある暴露本の存在です。

それは長門裕之さんが1985年に著作した『洋子へ―長門裕之の愛の落書集』という本です。

この本は長門裕之という俳優が色々な女優の悪口を書きまくった暴露本であり、今の時代であればまず出版されることがないようなエグい本なのですが…

なぜ長門裕之さんがこのような本を書いたのか、そしてどのような内容が書いてあったのかを簡単にご説明します。

ちなみに長門裕之さんは戦後~21世紀初頭にかけて活躍された俳優の方です。

 

①長門裕之が紺野美沙子の悪口を書いた理由

長門裕之

タイトルの「洋子へ」というのは、長門裕之さんの妻である南田洋子さんのこと。自叙伝を交えて結婚生活を振り返るというコンセプトの本なのですが、他にも芸能人の名前が複数名挙げられ、様々なことが暴露されているのです。

では一体なぜ自叙伝におさめずに多くの悪口が書かれることになったのか。

 

一般的に言われているのは個人的恨みという説です。過去の肉体関係などを書き連ねてあるのですが、紺野美沙子さんもその中の一人と言われています。

なぜ紺野美沙子さんが暴露本の標的になったのかというと、長門裕之さんが運営する芸能事務所を紺野美沙子さんが辞めたからだそう。

その時にかなりいざこざがあったのか、2人は相当揉めに揉めたようです。お互いが罵り合うような事態になり、泥沼化してしまったようですす

その腹いせに、暴露本に色々と書かれてしまったんですね。

 

②紺野美沙子の悪口の内容

誰にでも股を開く、男癖の悪い尻軽女だ。」と書かれたり、「給料が200万では安いと母と一緒に文句を言いに来た。」という暴露もあったようです。

特に尻軽女である?ことの暴露は結構響いたようで、清純派としてのイメージが少しずつ崩れ始めて来るのです。

今の時代で言えば、『浜辺美波さん』や『有村架純さん』が暴露本で尻軽と言われだすようなものですから、当時の衝撃は相当だったんじゃないでしょうか。

 

ちなみにその後、暴露本の内容に関して長門裕之さんの妻である南田洋子さんが謝罪をしたと言われています。

また内容が過激すぎたため、第二版からは大幅に内容が変更されたそうです。

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紺野美沙子が一肌脱いだ『誘惑』

誘惑

紺野美沙子さんが脱清純派となるきっかけその②が1990年に放送された『誘惑』というドラマ。

篠ひろ子さんが主演のドラマなのですが、内容は「幸せな家庭が浮気によって崩壊していくドロドロ愛憎劇」なのです。

そして、紺野美沙子さんは浮気相手役ベッドシーンもあるため結構過激であり、ここでも紺野美沙子さんの印象は大きく変わったんではないでしょうか。

かなりドロドロしていますからね、このドラマ。

 

まとめ:紺野美沙子と長門裕之

紺野美沙子さんは若い時に色々とあったようですが、昔の時代はかなりドロドロしていますね。

いまもNGTで問題などはありますが、昭和の時代性というのもあるのかもしれませんね。

みなさんはどう思いますか?それでは!

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