【画像】郷ひろみは若い頃はジャニーズだった!昔の写真もイケメン?

郷ひろみさんと言えば「アーチーチーアーチー」のイメージが強いですが、実は若い頃はジャニーズ事務所に所属していたんです。

しかもジャニー喜多川さんが直接スカウトした数少ないメンバーの1人。

そんな郷ひろみさんのジャニーズ時代のイケメンの画像と、経歴についての情報をお届けいたします!

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郷ひろみが若い頃ジャニーズだった期間

郷ひろみ

郷ひろみさんがジャニーズに所属していたのは、1971~1975年3月の間だけでした。

年齢にして15~19歳の時でしょうか。

彗星の如く現れ、彗星の如く去っていく。そんなジャニーズ時代です。

 

【画像】郷ひろみの若い頃(ジャニーズにいた頃)の写真

1972年のドラマ『新・平家物語』に出演した郷ひろみ

若い頃 郷ひろみのジャニーズ時代

郷ひろみさんがめちゃくちゃ若いですね!!!

そりゃそうです。当時は高校1年生ですから。

 

1972年発表『男の子女の子』発表時の郷ひろみ

若い頃 郷ひろみのジャニーズ時代

郷ひろみさんのデビュー曲である『男の子女の子』のジャケ写です。

新・平家物語のときと比べると成長が感じられます。

 

1973年発表『裸のビーナス』発表時の郷ひろみ

若い頃 郷ひろみのジャニーズ時代

かなり際どい衣装を着る郷ひろみさん。

嵐のデビュー時もスケスケの衣装を着ていたように、昔は結構ぶっ飛んでいました。

 

1974年発表『よろしく哀愁』を歌う郷ひろみ

若い頃 郷ひろみのジャニーズ時代

わ、若い!!

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郷ひろみの若い頃│ジャニーズに入ってから脱退するまで

郷ひろみがジャニーズにスカウトされるまで

郷ひろみ 若い頃

郷ひろみさんと言えばソロ歌手のイメージが強いかと思いますが、若い頃はジャニーズだったんです。

そもそも、デビューした当初はジャニーズ事務所の所属。

それもそのはず、郷ひろみさんを芸能界にスカウトしたのはジャニー喜多川さんなのです。

 

15歳の時映画のオーディションを受けに行った郷ひろみさん。

なんと自分の意思ではなく、近所のおばさんが勝手に書類を送るというやんごとなき事態。

おまけに結果は落選。

踏んだり蹴ったりな郷ひろみさんですが、この時審査員だったジャニー喜多川さんが郷ひろみさんに目をかけます。

 

ジャニーズから郷ひろみとしてデビュー

ジャニーズとしては、創世記を支えたフォーリーブスのバックダンサーとして活動

バックダンサーを務めるうちに人気が出てきて、郷ひろみさんにファンが増え始めます。

バックダンサーに人気が出るって、あまり聞かないことなので郷ひろみさんのポテンシャルの高さを伺うことができますね。

もちろんステージ上での紹介はありましたが、それでも凄い。

 

また、バックダンサーとして活動する中で「レッツゴーひろみ!」と声援を浴びることがあり、じゃあ芸名は「GOひろみだ!」ということになりました。

つまり、フォーリーブスのバックダンサーとして活動していなければ、『郷ひろみ』という名前は生まれなかったのかもしれません。

ちなみに、郷ひろみさんの本名は原武裕美(はらたけ ひろみ)です。

 

郷ひろみはジャニーズとしていきなり俳優デビュー

若い頃 郷ひろみのジャニーズ時代

1972年にNHKにて放送された大河ドラマ『新・平家物語』にて、平清盛の弟役としてドラマにもデビュー

ジャニー喜多川さんが仕事をとってきたようで、いきなりのドラマデビューとなりました。

ジャニー喜多川さんの手腕が光ります。

 

郷ひろみがジャニーズを退社するまで

俳優としても着実に実績を積み重ね、歌も売れていくのですが1975年の3月にジャニーズ事務所を退所し、バーニングプロダクションへと移籍します。

ジャニー喜多川さんは、郷ひろみの移籍が相当ショックだったようで寝込んでしまったという話もあります。

これは信憑性がどこまで高いのか分かりませんが、相当ショックだったのは間違いないようです。

 

郷ひろみがジャニーズをやめたのはなぜ?

ジャニーズ事務所との方針が合わなかったとのこと。

郷ひろみさん自身は、またたく間に売れて行ったものの自分に対して自信を持てていなかったようです。

歌えてないし踊れていない。

ジャニー喜多川さんの手腕で売れたけれども、長くは続かないと考えたそうです。

ジャニーズ事務所としては売れる間はやめないでほしいと考えており、自分自身の力をつけたいと考える郷ひろみさんとの間で、次第に考えにズレが生じてきたものと思われます。

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