がっつりメイクで一躍知名度を上げたMatt(マット)さん。
あまりに特徴的で親の七光りと言う感じがせず、これはこれで成功していると言えるでしょう。
Mattさんは桑田真澄さんの息子であり、小学生の頃は野球少年だったとか。
野球の実力はどれほどのものだったのか。やはり桑田真澄さんの息子といういうこともありセンスがあったのか。
ということでMattさんと野球についての情報をお届け致します!
Contents
Matt(マット)は野球少年だった頃
Matt(マット)さんは父が桑田真澄さんだからか、小学生の時は6年間野球をやっていました。
しかしながら中学生以降は野球をやめることになりました。
小学生時代のMattさんはどんな野球少年だったのでしょうか。
Matt(マット)の野球の実力を表す逸話
- 高身長で俊足
- ヒットもめちゃくちゃ打っていた
- レフトからファーストへノーバン送球
- 様々な場所の守備についた
全て曖昧な発言ではありますが様々な逸話があります。
どんどん試合に出されたということは野球少年としては強かったのは事実なのでしょう。
Matt(マット)が野球をやめた理由
Matt(マット)さんは中学生になり野球の道へ進むことはありませんでした。
理由は「野球が好きではなかったから」です。
どんどん試合に出されたことも面倒だったと本人は語ります。
好きでなければ無理にやる必要はありませんからね。
父である桑田真澄さんから強要されること無く、音楽の道へと進んだMatt(マット)さん。
野球が好きだったらもしかしたらプロの道に進んでいた未来があったのかもしれません。
Matt(マット)の父親・桑田真澄ってどんな野球選手?
Matt(マット)さんの父親と言えば桑田真澄さん。
若い人は「凄い野球選手だった!」くらいの認識の人が多いかと思いますが、どんな選手だったのかを見てみましょう。
とりあえず特筆すべき点だけを抜粋しています。
Matt(マット)の父親・桑田真澄の現役時代
桑田真澄さんは読売ジャイアンツ(以下巨人)一筋の先発ピッチャー。
最終年は海を渡りましたが、巨人にいる間はエースナンバーである背番号18を背負い続けました。
強豪校PL高校出身であり、清原和博さんとは同期で非常に仲良しで、高校時代はKKコンビと言われていました。
PLといえば前田健太選手や立浪和義さんなど、多くの偉大なプロ野球選手を輩出した高校ですね。
Matt(マット)の父親・桑田真澄の成績
- 投手として171勝
- 沢村賞を1度受賞
- ゴールデングラブ賞を8回受賞
沢村賞(正式には沢村栄治賞)はいわゆる、その年で1番凄かったピッチャーに与えられる賞であり、ピッチャーとしては最高の名誉の1つです。
最も活躍したのは80年代後半から90年代半ばにかけてですが、2000年の半ばまで現役を続行。
Matt(マット)が野球選手だったら?
父と同じ背番号の巨人のユニフォームに身を包むMatt(マット)さん。
実は桑田真澄さんの再現Vに父役として出演したときのものです。
再現Vでは美白かつ茶髪で髪型も似ていませんが、この奇抜な服は桑田真澄さんの私服だとか。