清塚信也の母はスパルタだった!バイオリニストの姉も教育の賜物?

清塚信也さんがピアニストとして大成したのは、母の熱烈なスパルタ教育の賜物でした。

また、バイオリニストの姉である清塚美耶さんも同様に母から教育を受けていたようです。

ということで、今回は清塚信也さんの母の教育についての情報をお届けいたします。

Sponsored Link

清塚信也の母はピアニストではない

清塚信也

清塚信也さんの母親はピアニストではありません。

ただ、過去にクラシックが好きで憧れを抱いていた1人の女性です。しかしながら、母に音楽の道を進むことを否定されて諦めたという経緯があります。

しかしながら、音楽に対する気持ちだけはずっと持ち続けていたようで「子供には夢を叶えて欲しい」ということで、音楽の英才教育に恐るべし熱意を注ぎ、子供に夢を託します。

ちなみに、清塚信也さんの母は韓国の出身です。

 

清塚信也の母のスパルタエピソード

笑う暇があったら練習しろ!

最も有名なエピソードは「笑う暇があったら練習しろ!」と言われたことですね。これはバイオリニストの姉の美耶さんも言われていたことだそうです。

2人で遊んで笑ったりしていると「今笑うな!人生の後半で笑え!」と言われたことがあるそうです。

音楽の道で大成すれば笑える時が来るという、母の強い執念に近い思いがあったのかもしれません。

また、笑うなルールの裏側には、清塚信也さんがミスをしてしまった時に笑ってごまかしてしまう癖があったらしく、それの矯正を含めて笑うの禁止ルールがあったそうです。

 

いつか寝る時がくるから今は起きていなさい

清塚信也さんは毎朝5時に起きてピアノの朝練をしていました。しかし、5時に起きると眠くて起きられない日もあって当然です。

そんなときに「いい、人間はいつかずっと寝る時が来るから今は起きていなさい。」と諭したとか。こう言われるとかなり説得力がありますね。

ただし、究極の狭き門を突破して一線級で活躍するには、これくらいの練習を耐え抜くのは当たり前の世界なのかもしれません。

ピアニストを目指す子供は、1日10時間練習する人も少なくないそうで、学校もあると朝早起きしないと練習の時間は確保が難しいと思われます。

ちなみに、清塚信也さんが1日10時間の練習をこなすようになったのは中学校に進学してからのこと。

 

姉と共に母の目をかいくぐり抜ける秘策

小学生ですから、やっぱり遊びたいお年頃。姉と一緒に連携をとって、サボるための秘策も編み出していたのです。

見張り番が、母の足音とかを聞きつけたら”来たよ”って言うのは怖いので、姉へはミ・ド・ミ・ドって弾くんです。僕にはシ・ソ・シ・ソって。その信号を出し合って母の監視を潜り抜けていました

引用:ライブドアニュース

ピアノの音を暗号として、母が来たことを知らせるようにしていたのです。なぜ『ミ・ド』と『シ・ソ』なのかというと、姉の美耶のミと、信也の『シ』を取って暗号に使ったようです。

Sponsored Link

清塚信也というピアニスト

清塚信也

  • 将来の夢はピアニストと無表情で答えていた
  • コンサートで拍手をもらっている時だけは「夢がかなった」と感じた
  • 僕にはピアノしかないとマインドコントロールされていた(笑)

など、子供の頃は教育の影響もあり「ピアノの道で生きていくのが当たり前」「それ以外の道はない」と考えていたようです。そして

今でもピアノ以外で生きている自分の姿は想像できないとのこと。

 

清塚信也の姉・清塚美耶はバイオリニスト

清塚信也さんの姉はバイオリニストです。

清塚信也さんより2つ上で、音楽の道は進んだものの選んだのはピアノではなくバイオリンでした。

音楽科のある高校・大学へと進みバイオリニストとして活動中です。時には清塚信也さんと共にコンサートに出演することも。

 

まとめ:清塚信也の母

『四月は君の嘘』の有馬公生と母を思い出すような環境ですが、同じくそこには母の愛がありました。

今となっては母が僕にくれた愛情だと思って受け止め、とても感謝しています

引用:YAMAHA Pianist Lounge

と語るように、清塚信也さんは母に感謝をしています。もしかしたら、清塚信也さんがピアニストとして大成したからこそ言えることなのかもしれませんが…

Sponsored Link