望月大希の家族の愛が凄い!父と母と兄の支えで紡いだプロへの道とは?

望月大希投手が北海道日本ハムファイターズから5位指名を受けて、プロ野球選手への道が開けました。

しかし、プロ野球選手になるまでの道のりは非常に険しいものでした。

それを大きく支えたのが父と母と兄の思いです。

今回は望月大希選手を支えた家族のエピソードについてお届けいたします。

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望月大希選手の家族構成

望月大希の家族

望月大希選手は1997年度に千葉県に生まれました。

家族構成は、

の5人家族です。

 

望月大希の父について

望月大希と父

望月大希選手の父は、兄弟が幼い頃から一緒に野球をやっていました

しかしながら、急に倒れてしまい病院へ搬送されてしまいます。

一命はとりとめたのですが、脳内出血を起こし右半身が麻痺した状態になったのです。

母は「治るんですよね?」と問いかけますが、医師から「非常に厳しい状態」と告げられます。

 

父は退院したのですが、右半身が麻痺しているため兄弟と野球をすることができません。

それからは「一緒に野球をやってやれなくてごめんな」が口癖になりました。

そして数年後に再び倒れて意識が戻ることはありませんでした。

それは2008年、望月大希選手が小学4年生の時です。

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望月大希の母について

望月大希の母

望月大希選手の母は笑顔が絶えない明るい人物だそうです。

それは父が倒れた後も変わらなかったのですが…

 

父が他界した後は家計のこともあり、マイホームを売却して家賃7万円のパートで暮らすことになりました。

家計を支えながら日中は保険のセールスをし、夕方には家に帰って家事をこなす。

その後は、深夜3時までアルバイトをしてからまた帰宅。

「子どもたちをしっかり育ててみせる」という思いで必死だったのです。

 

母の日のエピソード

望月大希選手はある母の日に、菊の花束を買って帰りました。

母いわく「カーネーションは高いから菊だと花束で買えたからかな」と思ったそうです。

菊の花は縁起が良くはないですが、母は非常に嬉しかったと当時のことを振り返りました。

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望月大希の兄について

望月大希の兄

望月大希選手には兄がいます。兄と共に幼少期から野球をしていたのですが、その裏には数々のエピソードがあります。

 

母に野球をやめて欲しいと言われる

兄が高校進学を目前に控えた時、母は兄に「野球をやめて欲しい」と告げました

もう家計が火の車で、兄に野球を続けさせてあげることができなかったのです。

「ごめんね。」と言われ兄は、もう親から「ごめんね。」を聞きたくないということでこれまで続けていた野球を辞めました

そして兄は野球をする時間をアルバイトに費やし、家計を支えます。

 

野球の夢を弟・大希に託す

兄は野球をやめることになり、野球を続けられる弟を羨ましく思うこともありました。

しかし、兄は

大希、野球辞めるなよ!

と言い、望月大希選手に新しいグローブをプレゼント。

野球への気持ちは無くならなかったので、その夢を弟に託したのです。

また、節目ごとにグローブをプレゼントし続けたとのことです。

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望月大希の姉

望月大希の家族

一番左が姉

また、望月大希選手には姉がいます

ドラフトの指名を待つ間は家族と一緒にその場にいました。

 

まとめ:望月大希の家族

望月大希選手は野球を続け、創価大学に進学し各球団のスカウトからも高い評価を得ていました。

2019年のドラフトでは、北海道日本ハムファイターズから5位指名を受け、見事にプロ野球選手になるという夢を叶えました。

プロになることはスタートラインに過ぎませんが、今後の活躍に期待ですね。

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