バチェラー3はどこまでやらせだと問題か?岩間でなく水野を選んだのも台本?

週刊文春により『バチェラー3』は台本や脚本があり、やらせであると暴露されました。

実際に女性同士のグループラインでのやり取りも取り上げられています。

しかしながら、視聴者の多くは「最初からやらせなのは知っていた」という人も多いようです。

バチェラー3がどこまでやらせだと問題なのか考察をしてみました。

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バチェラー3がやらせであることの問題点

バチェラー3

台本なし・予測不能の75日間

公式が『台本なし・予測不能の75日間』と謳っている以上、台本があるとマズイんですね。

嘘を言っていることになるからです。

もし、「台本なし」「脚本なし」と言うのであればやらせであっても、エンタメ作品だししょうがないとも取れます。

しかし、公式が台本がないと言っている以上、やらせだと問題になるのです。

例えば、『水曜日のダウンタウン』の目玉企画である『クロちゃんのモンスターアイドル』がやらせであっても、まあしょうがないとなるわけです。「台本も脚本もない」とは言っていませんから。

 

演出はやらせでも気持ちがやらせだと問題

エンタメ番組である以上、多少演出にやらせがあってもしょうがないでしょう。

でなければニュース番組のインタビューや、バラエティ番組の密着取材のような企画になってしまいます。

実際のバチェラーは自然にシーンが進行し、カメラワークもバッチリです。演出にやらせがあっても「台本がない」ということの嘘にはなっていません

しかし、気持ちにやらせがあると別問題です。

気持ちにやらせがあるとフィクションになってしまい、登場する人の意思ではなく番組の意思で恋愛が進むことになります。

文春オンラインの報道だけでは、どこまでがやらせだったのか分かりません。

仮に気持ちの部分でやらせがあれば、それは台本があることになるんですね。

特に恋愛は感情で動くものですから、根幹がやらせだと作品全てが否定された印象を受けるのです。

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バチェラー3がやらせであると報道された時の反応

最初からやらせであると知っていた

そもそもバチェラーが台本なしのリアルな番組だと思っていない人も少なくはありません。

そのため、文春がばバチェラー3がやらせであると報じても、全く驚かない人もいるんですね。

やらせじゃないと思っていた人がいたんだ。

という意見もあります。

カメラワークが自然なことも、むしろ脚本がないことの方が不自然になってしまいます。

 

バチェラーがやらせだったのはショック

バチェラーがやらせだったのがショックだと感じる人もいます。

一体どこまでがやらせなのか」がポイントですね。

文春オンラインで公開された、「池に飛び込むシーン」がやらせなのは演出の一環で許容されても仕方がないでしょう。

 

しかし、

「これも友永氏はもともと岩間さんとの交際を希望していましたが、制作側の意向で水田さんを選ぶよう説得されたのです」(前出・番組関係者)

引用:文春オンライン

交際する相手までがやらせとなると大問題です。

  • やらせがあった
  • 台本があった

という問題ではなく、完全に番組が作ったストーリー通りに登場人物が動いていたことになっているのです。

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バチェラー3はどこまでがやらせだったのか?

文春オンラインによると、友永さんが交際相手を選ぶところまでがやらせであることになっています。

岩間さんとの交際を望んでいたものの、番組の意向で水田さんを選んだという点ですね。

  • 演出の一部
  • 会話の一部

などではなく、最も大事な結末がやらせとなると視聴者は裏切られたと感じるでしょう。

また、結末について多くの批判が飛び交っています。

作品そのものを揺るがす箇所がやらせであることが事実であるならば、それは視聴者に対する裏切りにもなります。

「応募された皆様も1人の男性が真実の愛を探す旅を追うという番組コンセプトに共感し、ご自身の意思で参加いただいております。バチェラー及び女性参加者が自身の決断と合意に基づくという原理の下に制作しております」

引用:ライブドアニュース

公式はやらせに対して肯定も否定もしていませんが、気持ちの部分以外がやらせではないと願うばかりです。

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