小池百合子の実家は超金持ち?父親が会社経営⇒和食屋店長で荒稼ぎ!

小池百合子

小池百合子さんの実家は兵庫県の芦屋に存在していました。

芦屋は高級住宅街として有名ですね。また、父親の小池勇二郎さんは貿易商でした。

かなり稼いでいたようで選挙に出馬した経験もあったり、チャレンジングな人です。

しかし、選挙に出馬したことがキッカケで会社が倒産し小池百合子さんの実家は売り払われてしまいます。

しかし、バイタリティを発揮してエジプトで和食屋を開店して稼いでいたとか。

ということで、今回は小池百合子さんの波乱万丈な実家について特集をします。



小池百合子の実家は芦屋の金持ちだった

小池百合子の若い頃

3人兄弟の長女(兄と弟or妹)として育った小池百合子さん。

実家は神戸市の芦屋にありました。芦屋は泣く子も黙る高級住宅街です。

父親がスーパーエリート経営者だったので、それに見合う土地に住めていた‥というのは少し違うようです。

昭和27年に生まれた小池氏が育った家は、いわゆる芦屋の豪邸街とは離れた場所にあった。

引用:デイリー新潮

小池百合子さんの実家は豪邸が立ち並ぶ場所から離れていたそうですね。

ただし、親が貿易商なので儲かっていたのは間違いないでしょう。

小池百合子の若い頃

とはいえ、小池百合子さんは金にものを言わせてブイブイしていたわけではなく、

  • 小学生の時のお小遣い:500円
  • 中学生の時のお小遣い:1万円
    ⇒授業料や文房具、洋服代込み

お金に関する教育はしっかりしていたようです。

しかし、小池百合子さんが高校生の時に父親の会社が倒産します。

父親の会社が倒産するとさすがに金持ち生活も続きません。

その後は知り合いのツテを辿って東京に移住することに。

ちなみに、現在は小池百合子さんの実家は存在していません。

今では跡地が駐車場になっているとの噂もあります。

会社が倒産して実家は六本木のアパートへ

昔の日本

父親の会社が倒産して、小池百合子さんファミリーは六本木のアパートへ移り住みます

小池一家は倒産後、東京・六本木のアパートに移り、朝堂院氏の事務所で働いたという。

引用:AERA.dot

六本木といえば超一等地を思い浮かべますが、さすがに贅沢はできなかったようです。

その後は知人の資金援助を受けてエジプトで和食料理店を開くことになりました。

小池百合子さんはカイロの大学へ留学していたので、実家の料理屋を手伝うこともあったとか。

 

小池百合子の父親はバリバリの社長

小池百合子さんの父親は小池勇二郎さんという経営者です。

では、凄すぎる父親はどんな人だったのかを見ていきましょう。

ちなみに、Wikipediaに掲載されている通信技術者の小池勇二郎さんとは全くの別人です。

小池百合子の父親

小池勇二郎

1923年に誕生した小池勇二郎さん。

書ききれないほどの肩書を持っている人で、目立つものでも以下のとおりです。

  • 闇市でペニシリンを販売して一儲け
  • 儲けた金で石油会社を4つも経営
  • 1969年に選挙へ出馬(落選)
  • エジプトのカイロで和食料理店『なにわ』を経営

第二次世界大戦を経験しており、終戦後は闇市でペニシリンを販売して一儲けしていたという噂があります

そこで稼いだお金で石油会社を4つも経営できていたんですね。

エジプトから石油を買い付けて関西電力などに売りさばいていたとのこと。

そこそこ儲かっていたようで、小池百合子さんが中高一環の私立校(甲南女子)に通えるほどは儲けていたようです。

しかし、小池百合子さんが高校生の時に待ち受けていたのは父親の会社の倒産でした。

実家が金持ちから転落した裏側

①会社が倒産するキッカケは『選挙の出馬』

小池百合子の父親の選挙速報

出典:Smart FLASH

小池百合子さんの父親は元々政治に興味があったようで「国家のあり方」について語ることもしばしば。


オランダという国はすごい国だ。海面よりも低いところに国があるんや。そのためには国全体を考えた政策が必要なんだ。

日本の弱点は石油資源に恵まれていないこと。だから無理な戦争もした

引用:exciteニュース


など、貿易商として世界を飛び回ることもあり政治について思想があったようです。

そんな思想も相まって1969年に兵庫二区から衆院選に出馬しました。

石井氏が“破天荒”と形容する勇二郎は、政治好きの人物だった。昭和44年には、衆議院選に兵庫二区から立候補。わずか7千票しか獲得できず落選に終わる。

引用:デイリー新潮

石原慎太郎

石原慎太郎

石原慎太郎さん&松下幸之助さんという超ビッグネームの推薦を受けたものの、選挙の結果は惨敗でした。

小池百合子さんが母に「落選したらどうなるの?」と聞くと「一家心中するしかない」と返ってきたという話もあります。

そして、落選を知った日に小池百合子さんは家で泣きじゃくっていたともいいます。

頭にはよからぬ未来がよぎったことでしょう。

 

勇二郎さんは街金からカネを借りていたから、手形が出回り、ついには会社がつぶれてしまった。たちまち債権者が自宅へ押し寄せ連日、大騒ぎになりました。

引用:AERA.dot

当時小池一家を支援していた朝堂院大覚氏はこう語ります。

資金が足りなくなってしまい芦屋の自宅は売却することになりました。

しかし、小池百合子さんの父親は転んでもただでは起きません

 

②エジプトで和食料理店を開店

エジプト

芦屋の自宅を失い小池一家は六本木のアパートへ引っ越します

父親は朝堂院大覚氏の事務所で働くことになり、なんとか食いつなぐことができたそうです。

そこで朝堂院大覚氏が資金を援助して、父親はエジプトで和食料理店『なにわ』を開店することになりました。

『なにわ』がどんな店だったのか、デイリー新潮の取材によると

  • 白ごはんや味噌汁などの家庭的な料理や寿司を提供
  • お世辞にも美味しいとは言えなかった
  • 当時のカイロに日本料理屋は3軒程度しかなかった
  • 最初は2、3階建ての店舗だった
  • 途中でヒルトンホテルの店内に移転
  • 日本の商社マンがよく利用していた

とのこと。

和食

「お世辞にも美味しいとは言えなかった」という辛辣な評価ですが、当時のカイロに和食屋は3軒程度しか無く珍しかったようです。

ヒルトンホテルに移転したことから『なにわ』の経営はうまくいっていたようですね。

ちなみに、取材に答えたのは小池百合子さんの大学の後輩である中田孝さんという方です。

会社が倒産してもただでは転ばない父親だったようですね。

小池百合子さんの実家事情は波乱万丈でしたが、この父親が小池百合子さんを政治家に仕立て上げたのでしょう。