伊藤大海が駒沢大学を中退した理由が予想外!復学前はどこにいた?

伊藤大海

2020年度のドラフト確実と言われる伊藤大海(いとう ひろみ)選手。

苫小牧駒沢大学を卒業してプロ志望届を出すのですが、実は一度大学を中退しています。

大学を中退した理由は何だったのでしょうか。

今回は、伊藤大海選手が大学を中退した理由について特集をします。

伊藤大海は大学1年の10月に大学を中退

伊藤大海

2016年4月(18歳) 駒沢大学に入学
2016年10月(19歳) 駒沢大学を中退
2017年4月(19歳) 苫小牧駒沢大学へ復学
2020年10月(23歳) ドラフト指名

伊藤大海選手は2016年3月に駒大苫小牧高校を卒業しています。田中将大選手の母校であり野球の強豪校ですね。

そのまま野球の強豪校である駒沢大学へ進学しました。

「石毛宏典選手」「野村謙二郎選手」「今永昇太」選手などの多数の名プレイヤーを輩出した強豪の大学ですね。

伊藤大海選手は高校2年生の春の甲子園(2014年)では初戦の創成館戦で相手を完封し、将来が期待されていたピッチャーです。

しかし、伊藤大海選手は2016年の10月に大学を中退したんですね。

1年生でありながら公式戦で8試合にも登板し、将来への期待されっぷりは普通ではありませんでした。

なぜなら駒沢大学の部員は100人近いので、先発投手は余程の実力がないと不可能です。

にもかかわらず、入学後わずか半年での大学中退となったのですが‥何が理由で駒沢大学を中退したのでしょうか

伊藤大海選手が大学を一度中退した理由は?

①中退した理由は「未来を描けないから」

伊藤大海

伊藤大海選手が大学を中退した理由は不祥事などではありません。

大学中退の理由は「将来のビジョンを描けなくなったから」です。

「自分は何ごとも1年1年、逆算して取り組んできました。失礼なんですけど、もし自分がこのチームで4年間やったときに、4年目のビジョンを描けませんでした。それなら環境を変えてやったほうがいいと決断しました」

引用:Sportiva

4年目はプロを目指す選手にとっては最後の1年で、その1年間のビジョンを描けなかったのです。

こう語ったのは復学してから1年以上後のことなので、当時は

なんで中退するの?

と野球ファンは困惑しました。そして、大学を中退した伊藤大海選手はその後何をしていたのでしょうか

 

②中退した後は何をしていたの?

伊藤大海

伊藤大海選手が大学を中退した後は北海道で過ごしていました。

最終的には苫小牧駒沢大学に復学するのですが、約半年の間は地元に戻っていたんです。

しかし、プロを目指すなら大学以外の道はないと考えたのでしょうか。

高校を卒業後は、社会人野球に進むか大学に進学する

伊藤大海選手が駒沢大学に復学した後も苦労が絶えない

伊藤大海

伊藤大海選手は駒沢大学を一度中退したもの2017年4月に苫小牧駒沢大学へ復学しました。

東京の駒沢大学ではなく北海道の苫小牧駒沢大学ですね。

しかし、規定により大学が変わると1年間は公式戦に登板することができません。伊藤大海選手は当時を振り返ってこう語ります。

気心の知れた仲間との再スタート。だが、伊藤はその1年を「今まで野球をやってきて一番つらい1年だった」と振り返る。それは、登録上の規定で1年間、公式戦に出場できなかったからだ。

「自分なりにチームのためにやっているつもりでも、どこか響いていないというか、貢献できていない感じはありました。そんななかでもしっかり取り組むことはつらかったですね」

引用:Sportiva

1年間は苦渋を舐めたものの、2年目からは先発としてバリバリ活躍をします。

2018年の春は6勝0敗で防御率は0.35という圧倒的な成績を残しました。

中退前はMAX147km/hだったストレートは最終的に155km/hにまで伸び、技術も大きく伸びています。

伊藤大海

あの1年間(公式戦出場禁止)がなければ今の自分は無かったと思う。

と、中退からの公式戦出場禁止は必要な経緯だったと伊藤大海さんは語ります。

大卒でドラフトにかかる選手が一度大学を中退している経歴は異色中の異色です。

プロ野球選手になった後も語り継がれるエピソードであることは間違いありません。

伊藤大海選手のプロフィール

伊藤大海

名前 伊藤 大海
(いとう ひろみ)
生年月日 1997年8月31日
身長 176cm
体重 80kg
利き腕 右投げ左打ち
ポジション ピッチャー
備考 父親は蛸壺漁師

伊藤大海選手はMAX155km/hを投げ込む豪腕の投手です。持ち玉は

  • スライダー
  • カーブ
  • チェンジアップ
  • カット
  • フォーク
  • ツーシーム
  • ナックルカーブ

と非常に多彩です。2018年の春と2020年の秋にMVPを受賞するほどの腕前で、日本ハムがドラフト前に1位指名を宣言するほどでした。