磯村勇斗の中学時代は超モテモテ?沼津一中と沼津西高校のエピソードも!

磯村勇斗

磯村勇斗さんは見ての通り学生時代からモテモテでした。

特にモテていたのは中学時代で、他校の女子たちから黄色い声援が飛ぶだけでなくスター並みのモテっぷり。

地元の沼津一中と沼津西高では黄色い青春を送っていたようです。

ということで、今回は磯村勇斗さんの中学時代について特集をします。

磯村勇斗の中学時代は超モテモテだった!

磯村勇斗さんは沼津一中こと沼津市立第一中学校(沼津一中)に通っていました。

中学時代は驚くほどモテモテだったんですね。そんなエピソードをご紹介していきます。

①他校にも有名なほどモテモテ

磯村勇斗

磯村勇斗さんは中学時代はバスケ部に所属していました。

中学時代は尋常でないくらいモテまくっていて、試合の時は他校から黄色い声援が飛ぶほど。

他校からもモテモテなんてお話は少女漫画以外では聞いたことがありませんが、現実世界にもそんなスーパーモテモテマンがじつざいしていました。

同級生は「中学生ぐらいになってからは他の学校の女の子が『勇斗様』って」とモテエピソードを披露し、スタジオからは驚きの声が上がった。

引用:モデルプレス

2019年8月11日に放送された「行列のできる法律相談所」でこう語った磯村勇斗さん。

他校の女子たちから「勇斗様」と呼ばれていることを明かしています。

磯村勇斗とタクミ

しかし、モテていたのは勇斗様だけではありません。

同級生のタクミさんもモテていたようで、どちらがより多くの女子のメアドをゲットできるか勝負をしていた恋?のライバルがいたんです。

バスケもう全然集中してなかったです(笑)

と世の男達の嫉妬を買うようなモテっぷりを友人と競っていたんですね。

②自作映画「ヌマヅの少女ハイジ」で演劇に目覚める

磯村勇斗さんがバスケでモテモテだった中学時代に、自主制作の映画を作っていました。

映画は15分のショートフィルムでタイトルは「ヌマヅの少女ハイジ」です。

「中学2年生のとき、学校の授業の課題で友達と自主制作の映画を作ったことがきっかけです。『ヌマヅの少女ハイジ』という15分ぐらいの作品で、脚本もカメラも自分でこなし、ハイジ役も自分で演じました(笑)。それを学校で上映したときに、すごくたくさんの拍手をもらったんです。演じて面白いうえ、こんなにも評価してもらえるなんて、なんて楽しいんだろう。この楽しさを感じるには、俳優になるしかない!と思いました」

引用:Deview

いじめられているクララを正義感があるハイジ(磯村勇斗)が助けるというストーリーでした。

いじめられたクララはスイスに旅立ち、みんなでスイスからヌマヅに連れ戻すんですね。一応これがハッピーエンドだとか。

磯村勇斗の自主制作映画「ヌマヅの少女ハイジ」

スイスの背景やオスプレイのような飛行機が合成されており、編集技術も凄いんです。

ぶっ飛んだ作品ですがこの経験が磯村勇斗さんを俳優の道に進むキッカケとなりました。

磯村勇斗は高校時代もバスケ部!

磯村勇斗さんは静岡県立沼津西高等学校(沼津西高)に通っていました。

中3のとき、両親に「役者になるために東京へ行きたい」と話したんですけど、「高校には行きなさい」と言われ、地元の高校へ進学することになりました。

引用:ライブドアニュース

元々高校に通わず演劇の道に進みたかったものの、両親の大反対で高校へ進学しました。

嫌々進学した高校ですが、偏差値は58(普通科)と割と高めです。そんな磯村勇斗さんの高校時代についてご紹介していきます。

①恋愛にはちょっと奥手だった?

磯村勇斗

磯村勇斗さんは高校時代もバスケ部に所属していました。

しかし、モテエピソードで話されるのは中学生のエピソードばかり。もしかしたら演劇にハマり始めてそれどころではなかったのかも?

また、意外と奥手な一面もありました。

中高になると、幼稚園や小学校の頃のモテとは感覚が変わってて、ちょっと照れもあったりして。気になる子がいても、自分からオラオラ行けるような感じではなかったので、どうやって話しかけようかとか、連絡先を交換するのにも躊躇したりして。

引用:ananweb

メアド交換勝負をしていたにもかかわらず、連絡先を交換するのも躊躇していたことがあるとか。

本当かどうか若干怪しいですが、気になる子が相手だと途端に接し方がぎこちなくなってしまう、あるあるの状態なのかもしれません。

磯村「中学生の頃、デートをしていて、手を繋げなくて。相手がイケイケな女子だったから、『なんで手繋いでくれないの?』って言われて、男からいかないといけないんだ…って、結構ショックを受けましたね」

引用:girlswalker

中学生の頃から手を繋ぐのも手慣れていなかったり‥

イケイケな磯村勇斗さんには意外な一面がありました。

 

②部活以外で演劇に通う

どうしても演技の勉強がしたかったから、自分で劇団を探して、芝居を教えてくれって電話して、週に1回通い始めました。僕の芝居の原点とも言える場所です。

引用:ライブドアニュース

渋々高校に進学したものの演劇への熱意は捨てきれません。

週に1回劇団で練習をしていたんですね。所属していたのは「沼津演劇研究所」という劇団です。

若者は少なく50代~70代が中心の劇団だったので、当時高校生だった磯村勇斗さんはちょっと浮き気味。

演劇をする高校時代の磯村勇斗

磯村勇斗さんが30代の男性を演じ、50代の女性が20代の恋人役を演じていたんですね。

チェーホフの「プロポーズ」という劇で舞台に上がったのは高校2年生の冬でした。

磯村勇斗の最大のモテ期は幼稚園の頃

幼稚園の頃の磯村勇斗

磯村勇斗さんが最もモテモテだったのは幼稚園の時でした。

まるでどこかのファラオの如きモテっぷりだったんです。

廊下にクラスの女の子を並べて、一人ずつキスをしていったというもの。磯村は「何かあるごとにキスをずっとしていた」と告白し、今と変わらぬモテっぷりに出演者一同を感心させていた。

引用:テレビドガッチ

ファーストキスは幼稚園ということですね。


幼稚園のモテる基準は謎ですが、足が速いとかそういうことなのか。

どのみち磯村勇斗さんならモテてもしょうがないという結論に行き着くほかありません。