ユージの母親はモデルの塩畑のり子!絶縁までの生い立ちが壮絶すぎ?

ユージと母親

ユージさんの母親は元モデルの塩畑のり子さんです。

父親がハリウッド俳優のマイケル・ゴードンさんであることは有名ですが、母親もアメリカでモデルをしていました。

そんな母親はユージさんが高校生の頃に絶縁状態になってしまいます。

警察まで呼ぶ事件がキッカケで、人生が大きく変わったんですね。

ということで、今回はユージさんの母親の塩畑のり子さんについて特集をします。


ユージの母親は元モデルの塩畑のり子

ユージの母親

母親のモデル時代の写真

名前 塩畑のり子
モデル時代の芸名 NORIKO
生年月日 1960年

ユージさんの母親の塩畑のり子さんは元モデルです。

とは言っても、モデル活動をしていたのはアメリカでのこと。

なので検索してもモデル時代の塩畑のり子さんが出てくることはほぼありません。

ユージの母親

母親のモデル時代の写真

アメリカでモデルをしていた頃は「NORIKO」という名前で活動をしていました。そのまんまですね。

さて、ユージさんの母親は日本生まれの日本育ちで、上智大学に通っていました。

マイケル・ゴードン

その時に出会ったのがユージさんの父親である俳優のマイケル・ゴードンさんです。

マイケル・ゴードンさんは後に「バッドボーイズ2」や「トランスポーター2」に出演しています。

マイケル・ゴードンさんは父が駐日大使だったので、上智大学に通っていたんですね。

そこで塩畑のり子さんはマイケル・ゴードンさんに惚れて両親には内緒でアメリカに飛び立ちます

そこで生まれたのがユージさんです。ユージさんはアメリカのフロリダ州マイアミで生まれました。

マイケル・ゴードンさんの祖父はドミニカ共和国の元大統領だったためか、超セレブな生活を送っていました。

明日クルーザーに乗りたい!

と言ったら本当に乗れるような生活だったとか。

しかし、ユージさんが5歳の時に両親が離婚してユージさんは日本で過ごすことになりました。

ユージが高校生の時から母親と絶縁状態?

ユージさんが16歳の頃から母親と絶縁状態だったんです。

それはユージさんの生い立ちに関係があるので、ご紹介していきます。

①いじめられた小学生時代

ユージと母親

ユージさんは小学3年生の頃から日本で過ごし始めることになりましたが‥

小学生の頃はハーフであることや、名前が日本人っぽくないこと(トーマス・ユージ・ゴードン)でいじめられていました

名前が「トーマス」「ゴードン」であるため機関車トーマスとからかわれていたんですね。

曽祖父がドミニカ共和国の元大統領であることを自慢すると、嘘つき呼ばわれされたこともユージさんの今後に大きな影響を与えています。

 

②中学生から不良の道へ進むユージ

ヤンキーのユージ

中学に進学したユージさんは「自分が強くならなければ」と思い立ち、進んだのは不良の道でした。

不良になって強くなればいじめられることもない、ということでしょう。

母は何度も学校に呼び出されて、相当迷惑をかけました。母は子どもをほめない人だったんですね。学校に呼び出されたときも、僕の言い分なんて聞かず、一方的に怒鳴る。その態度を見て、「僕のことが嫌いなんだ」と思ってしまって。そこから「もう親のためにいい子でいる必要はない」と、さらに心を閉ざしてしまったんです。とにかく中学時代は荒れていましたね。

引用:CREDIT SAISON

母親にも頼れないから、自分で何とかするしかないと考えていたんですね。

いじめられることはなくなったようですが、不良の道は別の問題を生み出すことに。

 

③絶縁となる決定的瞬間

不良時代のユージ

高校生になった時にはユージさんの自宅は不良の溜まり場になっていました。

高校も中退して働き始めるも、引き続き不良との繋がりは断ち切れていません。

母親はそんなユージさんの影響でどんどん追い詰められて家を出ていってします。

そして、母親が家を出ていって2年後の夜に決定的な事件が起こりました。

ユージさんが寝ている時に、突如包丁を持った母親が現れたんです。

いくら不良と言えども包丁を持った母親には驚き、警察に通報をして事なきを得ました。

ヤンキーのユージ

母親は家を出ていった後も何度もユージさんのもとを訪れていたのですが、以前と全く変わらないユージさんを見て一緒に逝こうとしていたのだとか。

母親は相当追い詰められていたようです。

この包丁事件がキッカケでユージさんは母親と絶縁状態になってしまいます。

ユージと母親の関係が修復するキッカケは父親だった

ユージさんは後に母親との関係を修復するのですが、そのキッカケはアメリカに住む父親のマイケル・ゴードンさんでした。

母親との雪解けまでに何があったのかをご紹介します。

①18歳頃に1年間渡米を決意

ユージ

画像はイメージです

高校でもっと悪くなって、学校にもほとんど行かず、母とも音信不通になりました。16歳の頃から一人暮らしを始めて建築関係の仕事をしつつも、不良集団とはつき合いを続けていました。だけど、17、8歳の頃に、「このままでいいのかな」と自分の生き方について考えるようになりました。

引用:CREDIT SAISON

高校ではほとんど学校に行かずに、一人暮らしを始めて建築関係の仕事をしていました。

不良集団と付き合いは続けていたものの、働きながら生計を立てていたんですね。

そんなユージさんにとある転機が訪れます。

知らないおばさんに話しかけられ、「アメリカに行けば変われるわよ」とすすめられたんです。しかも2日後の航空券まで用意していた。「え? 誰?」と驚きつつも、アメリカには親戚もいるし「タダならいっか」という軽い気持ちで渡米を決めました。

引用:CREDIT SAISON

知らないオバサンに声をかけられて、アメリカ行きの航空券を渡されたんです。

映画の導入部分でありそうな謎の展開ですが、実はこの女性は母親の知り合いだったんです。

当時はそんなことに気付きませんでしたが、軽いノリで父親が住むアメリカへと渡りました

 

②アメリカで父親と過ごした1年間

ユージと父親

アメリカの空港に着いたら、「ユージ!」って言いながら近づいて来る男の顔が、まったく僕と一緒で(笑)。すぐに父だとわかりましたね。そのときに「うちに来い」と言われたので、そのまま一緒に暮らし始めました。

引用:CREDIT SAISON

空港についたら、なんと父親のマイケル・ゴードンさんが出迎えていました

顔を覚えてはいませんでしたが、似ていたので見た瞬間にすぐ父親だと分かったそうです。

そのまま父親に同居を誘われて1年間アメリカで暮らすことになりました。

 

③母親との雪解け

ユージ

帰国のタイミングで父親から衝撃の事実が告げられます。

「じつはこのアメリカにいる1年間、お前の生活費は全部お母さんが送金してくれていたんだぞ」と教えてくれたんです。このアメリカ行きの裏には母の行動があったことを、そのとき初めて知りました。母はどうにかして僕を変えたいと試行錯誤してくれていたのに、僕が勝手に壁を作って、母の愛を受け入れていなかった。それで3年ぶりくらいに母に電話して、まず「ごめんね」と謝りました。

引用:CREDIT SAISON

ユージさんのアメリカでの生活費を出していたのは母親であることを知ったユージさん

ここでようやく母親の愛に気付き、絶縁状態となっていた母親に電話をかけることにしたんですね。

ユージさんはすでに家庭を持っているので、今は程よい親子の距離感を保てているとか。

ユージが母親と再び疎遠になっている?

ユージ

無事に母親との確執も取り除かれ、関係に雪解けが訪れたと思われましたが‥

実は再び母親との距離感が開いてしまっているとか。

今回は長年連絡すら取れなくなっているというんです。

2020年11月16日に放送された「深イイ話」では、長年母親と連絡が取れていないユージさんの密着企画が行われました。

今回の密着では、長年連絡すら取れていない実母との再会を果たすため、
ユージさんそして深イイ話が本気で動きました。

引用:日本テレビ 深イイ話

一時期は母親と一緒に番組に出演することもありました。

果たして母親との間に再び何が起きていたのでしょうか?

実は2014年に生まれた長女のリリーちゃんを巡って喧嘩をしてから、6年間も連絡をとらなくなっていたんです。

  • リリーちゃんと母親(のり子さん)を会わせる会わせないで喧嘩に
  • 電話で喧嘩がヒートアップして母親に繋がらなくなった

という事態に発展してしまいました。

しかし、深イイのスタッフが尽力した結果6年ぶりにユージさんと母親は再会を果たしました