間宮祥太朗の野球経験は8年!豪腕投手が野球部を辞めた理由は?

野球をする間宮祥太朗

間宮祥太朗(まみやしょうたろう)さんは野球がうまいです。

2019年7月の「阪神 VS 横浜」戦では始球式を担当し、MAX139km/hを記録したんですね。

芸能人の始球式最速記録を更新してネットニュースでも大々的に取り上げられました。

※それまでの最速記録は樽美酒研二さんの135km/h

もちろん素人ではなく野球経験があり、中学3年生で野球部をやめるまで8年間野球をやっていました。

しかし、あることがキッカケで野球部をやめたのです。ここまでセンスがあるのになぜ野球部をやめたのでしょうか。

ということで今回は、間宮祥太朗さんの野球経験と野球部を辞めた理由に迫ります

間宮祥太朗が始球式で139km/hのストレートを放つ!

間宮祥太朗さんの野球が話題になったのは2019年7月23日の始球式です。

甲子園のマウンドに立った間宮祥太朗さんが放ったストレートは139km/hを計測しました。

高めに浮いたもののバッターボックスに立った選手もスピードに驚いたこと間違いなし!

また、始球式のために日々撮影の合間に調整をしていた間宮祥太朗さんの様子がこちら。

フォームや捕球の音はまるでプロ野球選手のようです。

また、撮影の合間の投球練習では100km/hも出ていないと語っているので、スピードはかなりセーブしています。

野球のボールを握る間宮祥太朗

125km/hを出したい

と目標を立てていた間宮祥太朗さんですが、始球式当日は目標を14km/h上回る139km/hを計測して多くの人を驚かせました。

間宮祥太朗の野球経験は8年!

間宮祥太朗

小学生の頃

間宮祥太朗さんの野球経験は8年です。

小学1年生から中学3年生まで野球をずっとやっていて

引用:PINT SCOPE

小学生1年生から野球を始めて、中学3年生まで続けていました

当時からポジションはピッチャーとして活躍をしていました。

野球をする間宮祥太朗

ウチの部活は強豪とかではなかったけれど、人数も多くてそこそこ強かった。そんな中で1年の時に試合に出れたりして順調にはいっていたんですけど。

引用:fashionpost

野球部では1年生の頃から試合に出ることがありました

長年をブランクを経て139km/hのストレートを投げられるので、当時から野球のセンスは抜群だったのでしょう。

また、間宮祥太朗さんは当時を振り返ってこう答えています。

中学3年生頃までずっと野球をやっていて、体育会系の人たちが周りに多かったり、学校の中でも派手な集団に所属したりしていて目立つ存在だったと思います。

でも野球を辞めてから、みんなで集まって盛り上がってる感じが自分に合わなくなってきてしまったんです。それでずっと1人でヘッドフォン着けて音楽を聴いていた時もあったなって。それも小坂のように一番後ろの席でしたね(笑)

引用:FASHION PRESS

間宮祥太朗さんが1人でヘッドフォンを着けて教室の中で音楽を聴いていた姿は想像できませんね。

豪腕の間宮祥太朗が野球部を辞めた理由は?

①野球部を辞めた理由は「ライバル」の存在

間宮祥太朗

始球式で139km/hを計測した間宮祥太朗さん。

野球を続けてたらプロだったのかも

と夢想してしまいそうですね。

プロさながらの投球を見せた間宮祥太朗さんが野球部を辞めた理由は何でしょう。

それは「チームメイトほど野球に向ける情熱がないことを自覚した」からです。

そのチームメイトは間宮祥太朗さんと同じ野球部に所属するピッチャーでした。

間宮祥太朗

自分と同じポジションに、もう1人同じようにわりと早めに評価されて、引っ張られて試合に出るような子がいて。僕は部活の時間以外に自主練したりするタイプではなくて、野球をやる事自体は好きだったんですけど、他にやりたい事もあったし、友達と学食とかでダラダラする時間も好きだった。でも、彼は朝早く起きてランニングして、学校に来ては部活に支障のないように真面目に勉強して、部活やったらすぐ帰宅して夜はまた自主練というような人間で。

引用:fashionpost

間宮祥太朗さんは投手として1年から試合に出られる程順調でした。

しかし、性格が真反対でライバルのような投手がいました

間宮祥太朗さんは野球以外も楽しんで、チームメイトは時間を野球に捧げていました。

僕も上手くなりたい気持ちもあるけど、こんだけ野球に時間を使えるということが、そのまま情熱の差なのかなと思って。そこまで自分に情熱がないのであれば、続けている必要もないなと感じて辞めました。

引用:fashionpost

ライバルがいなければ野球部を辞めることはなかったのかもしれません。

その後は俳優活動に本腰を入れることになります。

 

②野球部を辞めてからは俳優活動に本腰を入れる

間宮祥太朗

中学生の時から読者モデルだった間宮祥太朗さん。

上記の画像は「Hana-*chu→」という雑誌に掲載されたときですね。

そして、2008年には「スクラップ・ティーチャー~教師再生物語~」というドラマに中学3年生で俳優デビュー

野球を辞めていなければ間宮祥太朗さんは俳優にはならなかった可能性もありそうですね。