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宇津木麗華の経歴|昔は中国人で帰化→日本代表の監督へ!

宇津木麗華監督の経歴

女子ソフトボール日本代表の宇津木麗華(うつぎれいか)監督は、元々は中国人でした。

中国代表としてプレーした経験もあります。

しかし、24歳(1988年)に来日して32歳の時に日本に帰化。元々の名前は「任彦麗(にん・えんり)」でした。

また、苗字が宇津木になったことにはストーリーがあります。

ということで今回は、宇津木麗華監督の経歴について特集をします

宇津木麗華の経歴の概要

来日前

現役時代の宇津木麗華

現役選手時代

名前 宇津木麗華
(うつぎ れいか)
生年月日 1963年6月1日
出身 中国
身長 170cm
投打 右投げ右打ち
備考 1995年に帰化

宇津木麗華さんは中国の北京で生まれ育っています

元々は任彦麗(にん・えんり)という名前で、両親も中国人です。

幼少期はやり投げで結果を残していて、肩の強さを見込まれて14歳の時にソフトボールを始めます。

肩の強さを見込まれて14歳でソフトボールに転じ

引用:西日本スポーツ

来日前は中国のソフトボール代表として活躍していました。

来日後

宇津木麗華

2004年 アテネ五輪出場時

24歳になると来日して日立高崎に入団して大活

1994年には日本リーグで三冠王をとるほどの選手です。

2000年のシドニーオリンピックでは日本代表の主砲として活躍し、銀メダルを獲得。

2004年のアテネオリンピックでも41歳ながら日本代表の主砲として活躍し、チームの銅メダル獲得に貢献します。

そして、オリンピック後に現役を引退し、長年プレーした日立高崎の監督に就任。

宇津木麗華と上野由岐子

左:宇津木麗華

2011年には女子ソフトボールの日本代表の監督(ヘッドコーチ)に就任し、

  • 2012年の世界選手権
  • 2021年の東京オリンピック

では日本代表を優勝へと導きました。

また、2012年以降オリンピックの競技から外されたソフトボールを、東京オリンピックで復活させた功労者の1人でもあります。

宇津木麗華は中国から日本に帰化していた

帰化するキッカケは宇津木妙子

宇津木麗華監督は帰化されています

軍人で反日感情を持っていた父のもと、24歳まで中国で育っていたのです。

前述したようにソフトボールで中国代表に選ばれた経験もあります。

なんで帰化したの?

全ての始まりは元ソフトボール選手の宇津木妙子さんです。

宇津木妙子

宇津木妙子さん

宇津木妙子さんが現役で中国に遠征した時、宇津木妙子さんのプレーに魅了されたんですね。

小柄な妙子さんのパワフルな打球を中国代表の二塁手が“トンネル”した場面は鮮明に覚えている。

引用:西日本スポーツ

宇津木麗華さんが18歳になってから2人は連絡を取り続け、宇津木妙子さんの指導のもとでソフトボールをやりたいという思いが募ります

中国では野球やソフトボールがそこまでメジャーではなく、宇津木妙子さんほどの指導者はいません。

中国は野球やソフトが日本ほど盛んではなく、優れた指導者がいなかったんで、妙子さんみたいな人に教えてもらえるのは本当にありがたかったです

引用:週刊女性PRIME

来日する時も宇津木妙子さんを頼って日立高崎に入団されたんです。

(当時の日立高崎の監督が宇津木妙子)

そして、日本リーグで三冠王を取った1995年に日本に帰化を決断しました。

帰化した名前『宇津木麗華』の由来

宇津木麗華と宇津木妙子

宇津木という姓は師であり姉のような存在である宇津木妙子さんから取ったものです。

宇津木家に頼み込み「(宇津木)監督の姓を、もっと世界に広めたい」と、以後名乗らせていただいている。

引用:西日本スポーツ

来日のキッカケにもなり、家族同然の宇津木妙子さんの苗字をもらいたいと直談判したんです。

家族ぐるみで仲が良かった宇津木家からOKをもらい、反日感情を持つ父親すら説得したのです。

ちなみに、宇津木麗華さんの父親を説得するために宇津木妙子さんが北京まで同行していました。

中国の国旗

麗華の『麗』は元々の名前から取り、『華』は中華の華です。

「麗華」は両親から授かった「麗」と、中華人民共和国の「華」を1字ずつ取った

引用:西日本スポーツ

宇津木麗華さんは祖国を忘れたわけではありません。

また、両親のことを慕っており、中国のことを忘れないという意味があるのです。

オリンピックにソフトボールを復活させる

IMGアカデミー

ソフトボールと野球は2008年の北京オリンピックを最後に競技から除外されます。

2012年のロンドン、2016年のリオで野球とソフトボールの試合は行われませんでした。

参加国が少ないため、種目が増えて開催地の負担が増えないように参加国が少ない競技は除外されていたのです。

東京オリンピックでの女子ソフトボール参加国は6ヶ国だけでした。

しかし、野球とソフトボールは東京オリンピックで13年ぶりの復活を遂げます。

五輪復活へ向け、関係者が推進してきた地道なPR活動が実り、国際オリンピック委員会(IOC)は2016年8月3日、リオデジャネイロで開催された総会で、2020年東京五輪の追加種目の中にソフトボールが選ばれることが決定した。

引用:SPAIA

野球関係者、そして宇津木麗華さんを始めとするソフトボール関係者がIOCに働きかけて正式競技に復活したんですね。

そして2021年の東京オリンピックでは監督として日本代表を金メダルへ導きました

2024年のパリオリンピックではソフトボールが再び正式競技から除外されます。

最後になるかもしれないタイミングで、最高の結果を残すことができたんですね。